クールジャパン×インバウンド 日本発コンテンツの観光貢献の歴史を見てみよう!
※この記事は2021年に書かれたものです。
はじめに
皆さんは「コンテンツツーリズム」という言葉を、聞いたことはありますか?
コンテンツツーリズムとは、その名の通り「ドラマ・映画・アニメ・漫画・ゲームなどのコンテンツと紐づいた旅行」のことです。もしかしたら、「聖地巡礼」と言った方がなじみがあるかもしれません。さまざまな作品のファンが、作品ゆかりの地を訪れるために旅行するという現象は、古今東西あらゆる場所で見受けられます。
かくいう筆者も、イギリスでハリポタのロケ地を色々と巡って、大興奮した過去があります。
さて、今回はこの「コンテンツツーリズム/聖地巡礼」について、これまでの歴史とこれからの展望を、事実と考察を交えつつまとめていきたいと思います。
~1990年代 黎明期
フィルム・ドラマツーリズムの活発化
近代におけるコンテンツツーリズム(特にフィルムツーリズム)の先駆けといえるのは、1953年に公開された『ローマの休日』です。アン王女とジョー・ブラッドレーが巡ったローマの美しい景色やシンボルは、今なお主要な観光資源として機能しています。
戦後の日本で「コンテンツツーリズム」の先駆けといえるのは、1954年公開の映画『二十四の瞳』でしょうか。香川県は小豆島を舞台に戦争の時代を生きた人々を描く当作品は、実際の撮影も小豆島で行われました。今は、当時のセットを活用した「二十四の瞳映画村」が、小豆島に観光客をもたらしています。
ドラマの恩恵を受けた有名な観光地といえば、北海道富良野市。今でこそラベンダー畑やスキー場などさまざまな観光資源のある富良野市ですが、1981年から放送されていたテレビドラマ『北の国から』の舞台・ロケ地となったことがきっかけで、多くの観光客が訪れる観光都市となりました。
「アニメ聖地」の発生
このように、映画やドラマ、小説などの聖地巡礼をメインとするコンテンツツーリズムには、大体50年ほどの歴史があります。ちなみに、日本最古のコンテンツツーリズムは、平安~江戸にかけて発展した歌枕(短歌の聖地)だと言われています。
しかし、アニメツーリズムの歴史が始まったのはごく最近のことです。戦後~15年ほど前まで、「アニメ=子どものもの」という認識や、「一部の物好きが好むもの」というイメージが一般的だったのは、今さら語るまでもありません。そもそも、実写ではないアニメをどう聖地巡礼に活用すればいいのかなんて、なかなか考えなかったのでしょう。
そんなアニメを活用したコンテンツツーリズムの始まりは諸説ありますが、「聖地巡礼」の最初期の例として有名なのは『美少女戦士セーラームーン』(1992)に登場する神社のモデルとなった「氷川神社」や、『天地無用!』(1992)の舞台となった「太老神社」などが挙げられます。前者は、ファンの要望によって神社側が認識した例、後者は神社側が積極的にコンテンツツーリズムに乗り出した例と、これまた対極的です。
バブル期には蔑称あるいは隠語の印象が強かった「オタク」というワードが少しずつ普通の言葉として使われるようになったのは、『新世紀エヴァンゲリオン』(1996年)ブームや、Windows 95が発売されたことによるPCの一般家庭への普及などが起こったこの”1990年代”。アニメツーリズムが同時期から始まったというのも、うなずける話です。
日本のインバウンド産業とコンテンツ輸出の黎明期
さて、アニメツーリズム黎明期だった1990年代ですが、日本のインバウンド産業も同じように、まだ実をつけ始めて間もないころでした。
JNTOの記録によると、日本のインバウンド客が伸び始めたのは1990年代からです。1964年の東京五輪を経て、初めて年間訪日外客数が500万人を越えたのは2002年のこと。まさに黎明期といっても過言ではありません。
また、日本のアニメが海外から注目されるようになったのも、1980年代ごろからが顕著だと言われています。『攻殻機動隊』(1995)のようなSF的世界観や、子ども向けではない描写も多く見られる『AKIRA』(1988)などの作品が、アメリカを中心に高評価を受けるようになります。スタジオジブリの初作品『天空の城ラピュタ』(1986)や、先ほどコンテンツツーリズムの先駆けとして紹介した『美少女戦士セーラームーン』(1992)が誕生したのも、20世紀最後の20年間でした。
2000年代~2019年 隆盛期
オタク文化が世に花咲かす2000年代
さて、1990年代から徐々に市民権を得た「オタク文化」、もといアニメ文化ですが、2003年には、映画『千と千尋の神隠し』(2001)がアカデミー賞を受賞したこともあって、徐々に「アニメは子どもだけのものではない」という認識が一般的になっていきます。
アニメを活用したコンテンツツーリズムが本格的に台頭してきたのは、2000年代後半の事です。京都アニメーション制作の『涼宮ハルヒの憂鬱』(2006)では作者の出身校が聖地巡礼の対象となったり、同制作『らき☆すた』(2007)に登場する神社のモデルとなった埼玉県の「鷲宮神社」では、アニメコラボしたお神輿が登場したりしました。
公の場で語ることが当たり前になった2010年代
2010年代に入ってからは、SNSとスマートフォンの普及によりアニメ・漫画・ゲームが完全に一般化、かつ「オタク」の低年齢化が進みました。日本政府が「クールジャパン」と称してこれらを観光資源化し始めました。
この頃に大きく成果を上げたコンテンツツーリズムの事例といえば、茨城県大洗市を舞台にしたアニメ『ガールズ&パンツァー』。大洗駅前には同アニメの顔看板が設置されるなど、大洗側も非常に積極的。車両にキャラクターのイラストを印刷した鹿島臨海鉄道は、2016年に「聖地巡礼」観光客の増加で経常利益が黒字になるなど、アニメツーリズムとしては大成功を収めています。
また、聖地巡礼とは少し異なりますが、日本中の博物館や歴史資産のある地域がこぞってタイアップしたのが、オンラインゲーム『刀剣乱舞』(2015)。日本刀を”擬人化”したキャラクターたちが、元になった刀を保存している博物館の特別展示でグッズ化したり、刀の持ち主や作り主のゆかりある場所でパネルになったりと、非常に大きな経済効果を挙げました。聖”地”だけでなく、聖”物”巡礼と、コンテンツツーリズムの幅を示してくれる成功例です。
インバウンド業界では未発達なコンテンツツーリズム
一方で、海外のアニメファンに対するコンテンツツーリズムはまだまだ黎明期といえます。そもそも、日本のインバウンド事業における旅行収支が黒字化したのは2015年のこと。日本の「観光立国」は、発展途上なのです。 コンテンツツーリズムに限って言えば、日本のコンテンツ自体は海外輸出が進んでいるものの、海外の方にコンテンツと観光地との結びつきを上手く認識してもらえているとは言い難いのが、対インバウンドの現状のようです。日本のコンテンツをインバウンド向けの観光資源として生かし切れているかといわれると、相当な伸びしろがありそうですね。
2021年~? どんな未来が待っている?
国外コンテンツの台頭
長らく「日本のお家芸」とされてきた手描き(2D)アニメや漫画・ゲームですが、実は少しずつ事情が変わってきています。
今、非常に注目を集めているのが「中国産アニメ・ゲーム」です。ひと昔前までは国産アニメのヒット作がなかった中国ですが、ここ数年で非常にクオリティの高いコンテンツを世に送り出しています。
特にゲーム市場は顕著で、『原神』や『第五人格』、『アークナイツ』『荒野行動』といった人気タイトルは、すべて中国産のゲームです。実際にいくつかを遊んでいる筆者個人の感想ですが、使用されているイラストの美しさとゲーム内で動く3Dモデル・Live2dモデルのクオリティの高さには、目を見張るものがあります。
また、漫画業界でも、中国・韓国でスマホ表示に特化したWeb漫画が、日本の漫画アプリ内に多く登場しています。特に、韓国発の「WEBTOONS」は日本でも高い人気を博しています。
特徴的なのは、すべてが「カラー」であるということ。いわゆるトーンやベタを活用したモノクロ漫画ではなく、シナリオ・作画・着色で行程分けして作られた良質なカラー漫画が、アジア圏から国外に向けて非常に数多く展開されているのです。アメコミにも見られるように、世界基準だと意外とスタンダードな「フルカラー漫画」がアジアで豊富に作られるようになったのは、注目すべき展開です。
肝心なのは、コンテンツの「ブランド力」
とはいえ、ゲームも漫画も内容が「ツーリズムに行かせるか?」というと、それはまた別の話。今挙げた作品の多くは、母国の特定地域を連想させるものが含まれていません。また、制作者の分担は、日本の「水木しげるロード」や「藤子不二雄ミュージアム」のように、作者由来のコンテンツツーリズムには繋がりにくいです。現実の場所や制作者ゆかりの施設などをコンテンツと結びつけてブランド化する、という意味では、筆者はオタク文化が浸透している日本に分があると考えています。
もちろん、コンテンツだって決して負けていません。『鬼滅の刃』や『呪術回戦』、『東京リベンジャーズ』などは、日本的な文化や考えをとりいれつつ展開されるシナリオの面白さやキャラクターのユニークさ、そしてそれらを最大限に表現する美しく迫力のある2Dアニメ―ションで、国内外のファンを魅了しています。こういったコンテンツは、展開次第で「コンテンツツーリズム」をけん引してくれそうです。
おわりに
先行き不安で、さまざまな変化に翻弄されている今の時代。娯楽とは、そんな世界を生きる人々の心を支える、非常に大切なものです。こんなご時世だからこそ、アニメやゲーム、映画、ドラマは、私たちに生きる気力を与えてくれます。そして、それらの世界に入り込める「コンテンツツーリズム」は、私たちに更なる未来を想像させてくれます。筆者は、パンデミックが落ち着いたらハワイに行きたいです。先日、緊急事態宣言で予定をキャンセルした代わりに『リロ&スティッチ』を見たので。
聖地巡礼の面白さや楽しさ、まるで物語の中に自分自身が入り込んだような興奮は、行った人にしか味わえない最高の「コト消費」です。日本がインバウンド客の売れ入れを再開した暁には、海外の方々にもぜひ日本に来て、大好きな作品の世界を味わってほしいと思います。